罪を犯した少年少女は、加害者であり、被害者でもある。
2023年に株式会社一(ICHI INC.)を設立し、再犯防止・更生保護により深く関わり始めました。創業当時の僕の考えは、今となって思えばすごく表面的でした。教育プログラムとキャリアサポートを提供できれば、再犯を止められると思っていたんです。
現実は違いました。できる限りのサポートをしたつもりでも、これまでの経験ではあり得ないようなことが次々起こりました。いきなり音信不通になる。嘘をついて逃げる。昨日まで笑顔で「行きたいです!」と言ってくれていたのに。予想も期待もことごとく裏切られ、これでは根本的な解決にはならないと気付かされました。もっと手前に、向き合うべき問題があるのだと。
今回は、HIGH HOPEに協力してくれている犯罪心理学の研究者 谷本 拓郎さんと、少年院に入った若者が抱えるトラウマについて話したいと思います。
拓郎さんは、2021年まで法務省専門職員(法務技官(心理))として、少年院・少年鑑別所・刑務所で勤務していました。現在は京都光華女子大学で心理学の教鞭を取っており、大学外では少年院や児童福祉施設でのヨガやマインドフルネスによるケアに従事しています。
重要だとわかっていても、踏み込めない領域
中馬:拓郎さんと出会ったのは、ちょうど僕が、再犯防止の鍵はトラウマにあるんじゃないか、と思い始めた頃でした。別件で紹介してもらったのに、延々とトラウマの話をして、その可能性について盛り上がりましたよね。
谷本:そうですね。罪を犯した人たちの改善更生に関与する人は、みなさん、感覚的にトラウマ・ケアの重要性に気づいていると思います。ただし、包括的なケアを実施するには、まだまだ環境もスキルもマンパワーも不足している場合が多いので、矯正施設でもなかなか踏み込めない状況のようです。公的機関がそのような状況だからこそ、中馬さんが民間企業としてそこに挑戦しようとしていることに感銘を受けました。
中馬:確かに、少年院・刑務所でも更生保護施設でも、トラウマに触れることはタブー視されているように感じました。
谷本:まず前提として、罪を犯した人の大部分は、その罪の背景に被害体験を抱えていることが多いです。心の傷を負った人が、自分の傷をどうにかごまかしたり回復させたりするために罪を犯すこともありますし、自分が傷ついているゆえに他者を傷つけることの重大さが分からず、ある意味悪気なく、加害行為に及ぶこともあります。例えば、幼少時から暴力を振るわれていた場合、殴ったり殴られたりすることは「普通」のことなので、他者を殴ることへの抵抗感や問題意識を持ちづらくなります。
なので、罪の起点にある自分の傷つきを理解して癒さない限り、健やかな行動を身につけることができないし、心から罪を償うこともできません。加害者の「被害者性」を客観的に分析し、本人も自身の人生を振り返って捉え直すことが必要なんです。この考え方は少年院・刑務所にも普及していて、オープンダイアログやナラティブアプローチと呼ばれる対話型のプログラムが導入されています。
中馬:刑務所内での対話の様子が『プリズン・サークル』というドキュメンタリー映画にもなっていますね。
谷本:はい。ただ、少年院・刑務所では規律正しい生活を送ることがとても重要で、毎日のプログラムをスケジュール通りにこなさなくちゃいけません。そういう視点からすると、トラウマ・ケアは、当事者の心情を不安定にする可能性が非常に高いアプローチですから、いわばパンドラの箱です。開けてしまうと様々なトラブルが起こりうる。施設内の秩序を保つことが難しくなりますよね。なので、トラウマ・ケアを導入するには、矯正施設側にそうとうな覚悟が必要です。全職員がトラウマに対応可能な体制をとるために、大規模な変革が求められるので。
中馬:僕が会ってきた出院・出所後の若者は、ほぼ全員が虐待を受けていました。じゃあ彼らの親が悪いやんって思うんだけど、その親もまた虐待を受けていて、負の連鎖が起こっている。一方で、妊娠中につかまって、女子少年院で出産する若者もいます。その赤ちゃんは乳児院に預けられて、お母さんが出院しても、児童相談所が養育が困難だと判断すれば母親のもとには戻れません。現状を知れば知るほど、対処療法では終わりがないんです。社会構造を変えないと、負の連鎖を断ち切れない。
自分自身を正しく理解し、自己イメージを再構築する
谷本:僕は2009年から12年間、心理技官として少年院・刑務所でカウンセリングを行っていました。無期懲役受刑者など長期間服役する人たちにも、心理ケアや心理アセスメントという働きかけを通じて関わらせていただきました。「社会復帰の予定が定まらない受刑者にメンタルケアが必要ですか?」という言葉を突きつけられることもありましたが、どんな立場の方にも癒しが必要です。むしろ先行き不透明な不安が高い人たちだからこそ、彼らの話に耳を傾ける存在が重要だと思います。
中馬:なるほど。拓郎さんらしいです。
谷本:受刑者の皆さんは、総じて自尊感情が低く、自己イメージがものすごく悪いです。辛いですよね。希望を抱きにくいし、自由に誰かに悩みを打ち明けられる機会も少ない。なので、対話を通じて自分自身への理解を正しくしてもらい、自己イメージを再構築していくことが大切です。なので、オープンダイアログの導入にはとても意義を感じます。
中馬:そうですよね。僕たちも、自己肯定感や自己効力感を育むためにどんなサポートができるだろう、と考えながら事業をつくっています。
谷本:もちろん罪を犯したのは悪いことなんですけど、お話を聞いていると本当に辛い経験をされているので、苦労しながらここまで生きてこられたことはすごいことだと感じるんです。生きるためにやむを得ず罪を犯した若者も、少なからず存在するでしょう。本来、少年や少女は社会から守られるべき存在なのに。だからこそ、自分の罪に向き合い、被害者や社会に対してきちんと償うことと同じくらい、その後の健やかな人生を構築する力を身につけることが大切なんだと実感しています。
トラウマケアは、社会で暮らす全ての人の役に立つ
中馬:トラウマが大きければ大きいほど、愛情を注いでくれる人がいて、安全な家があって、いい就職先が見つかっても、それだけでは解決しない。少年院を出て更生保護施設で暮らす若者のサポートを続けて、僕らには理解できない心のブレーキみたいなものを感じました。正攻法や根性論ではどうにもならないなと。
谷本:そうなんですよね。中馬さんとの出会いは、僕にとってもトラウマ・ケアに向き合う転機になりました。犯罪心理学を研究してきたけれど、トラウマ・ケアに取り組む機会はこれまでは少なくて。少年院や児童養護施設でのヨガ・マインドフルネス指導を続けながら、いつかトラウマ・ケアのプログラムを確立できたらいいなと思っていました。活動するフィールドを探していたんです。
中馬:僕は、トラウマケアは罪を犯した人たちだけじゃなくて、社会で暮らす全ての人の役に立つサービスになると思っています。うつ病や依存症なども含め、生きづらさを抱えている人たちにも提供していきたいです。
谷本:すでに欧米ではトラウマ・ケアが普及しているので、日本でもこれから成長する分野だと思いますね。日本は「恥」を避ける文化があって、自身のトラウマの存在を表に出しづらいんですけど、海外では「誰にでも何かしらのトラウマがある」という考え方が主流になっています。最近の研究では、世界の人口の約90%が人生において何らかのトラウマを抱えると報告されています。それだけ身近なものなので、正しい理解を持ってトラウマ・ケアに取り組んでいきたいですね。
中馬:日本人の幸福度って、先進国の中で毎年ほぼ最下位じゃないですか。傷ついているのに「傷ついた」って言えなくて、苦しんでいる人がたくさんいます。何かが変われば、もっと幸せになれるはず。
谷本:トラウマケアって、抽象的で、長期的な取組なので、その意義が伝わりにくい面があります。なので、少年院・刑務所では、もっと直接的に再犯防止に結びつく「窃盗防止指導」や「性犯罪再犯防止指導」のような取り組みが優先されるんですけど、こうした専門指導だけではトラウマの根本的な解決は難しいのではないかと思います。窃盗をやめられたとしても、傷を埋めるために次は薬物に手を出してしまったり……。罪を犯した人が、その先の人生を前を向いて生きるために、トラウマ・ケアの意義は大きいです。
加害者と被害者、両方を支援していく
中馬:HIGH HOPEでは、犯罪の被害者のケアにも取り組んでいきます。実は、加害者以上に被害者への支援が少ないことを知って、驚きました。被害者の方々こそ、トラウマを抱えて苦しんでいる人も多いので……僕たちは加害者と被害者の両方を支援していかないといけないと思っています。
谷本:そうなんです。政府が被害者支援の省庁を設けている国もあるのに、日本では民間非営利団体や警察の一部の部署が対応するのみで、被害者へのサポートが全く足りていないと感じます。加害者と被害者どちらにも言えることですが、専門的なケアも必要だし、同時に、お茶を飲みながら喋るみたいな身近でなじみやすく、利用しやすいケアも大切ですね。色々な状況の人がいるので、それぞれのニーズに応じて支援ができるよう、包括的なチームをつくっていきましょう。
中馬:はい。谷本さんがやっているヨガもすごく効果があると思いますし、心理的な手法、医療的な手法も含め、広く可能性を探っていきたいです。
谷本:少年院と児童養護施設でヨガをすると、子どもたちがすごくいきいきするんですよ。変化が目に見えてわかります。自分の内面とじっくり向き合う時間を、日々の生活の中ではなかなか持てないんでしょうね。安心できる環境で、からだを動かして、「意外とできるな」「なんか楽しいな」「ちょっとしんどいな」と自分の気持ちを感じられるような声かけをしていきます。身体的な感覚を理解できると、色々な活動のパフォーマンスが上がるので、自信にもつながりますしね。
中馬:若者たちが、一度は絶望しても、また希望を感じられるよう、サポートしていきたいですね。まだスタート地点に立ったところですが、これからもよろしくお願いします。今日はありがとうございました!
株式会社一(ICHI INC.) 代表取締役 中馬 一登
<次回へ続く>