リスクを背負ってまで、再犯防止・更生保護の事業をやると決意した理由

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2023年、株式会社MIYACOの代表を退任し、新たに設立した株式会社一(ICHI INC.)で再犯防止・更生保護に取り組むことを決めました。

僕は、再犯防止のビジネスをしている起業家を見たことがありません。この記事を読んでくれている人の中には、「なんでわざわざ罪を犯した人を支援するのか?」「加害者よりも被害者をサポートするべきでは?」と疑問に感じる人もいると思います。「絶対に儲からないですよ」と言われたこともあります。

今回は、なぜ僕がこの事業をやることを決めたかを、

・誰もやらないから
・社会的インパクトが大きいから
・世界共通の課題だから

という3つの視点から伝えられたらと思います。

誰もやらないから

起業家や企業が再犯防止をビジネスにしない理由は、簡単です。儲からないし、リスクが高い。法務省の予算は限られていますし、当事者である少年たちはお金を持っていません。

そして、一般的なビジネスにはないリスクが山積みです。触れられたくない傷を持つ少年たちとのコミュニケーションには、細心の注意が必要です。関係性が崩れれば、恨まれ、攻撃を受けるかもしれません。被害を受けた方から非難される可能性もあります。センシティブな話題が多く、SNS等で発信する際には炎上するリスクも考えざるを得ません。自分だけでなく、会社のメンバーや、もしかしたら家族や友人にも迷惑をかけるかもしれない。10年以上経営をしてきた中で、事業を検討する時にそんなことまで考えたのは、これが初めてです。

「奥さんやお子さんが危険な目にあう可能性がある。それでも君はこの事業をやるのか?」

と、この業界に長年関わっている人に問われたことがあります。冗談めかした空気はなく、真剣な口調でした。その方は、これ以上踏み込まないというラインを決めて活動していると、教えてもらいました。だからこの業界は変わらないんだと、その時にわかりました。

もちろん僕も、家族を危険にさらすつもりはありません。でも、リスクを慎重に避け続けるよりも、子どもたちに誇れる仕事を成し遂げたい。誰も踏み込めなかった社会変革に挑んだ父親でありたい。そう思っています。他にプレイヤーがいるなら、その人が課題を解決してくれるので、僕が力を注ぐ必要はありません。課題があるのに誰も解決する人がいない領域こそが、自分の命を使うべき場所なのだと思います。

HIGH HOPEの話をすると、「知らなかった」「考えたこともなかった」と色んな人に言われます。中には「そういう子たちがいることを全然知らなくて、申し訳なかった」とおっしゃる経営者の方もいました。一般的な生活をしていたら、少年院や再犯防止の話に触れる機会なんて全くと言っていい程ありませんよね。犯罪のニュースを見ても、どこか遠い、自分とは関係のない話だと感じるほうが普通です。「誰一人取り残さない」という言葉がこれだけ広まっても、最後まで取り残されているのが、この領域です。僕たちが先陣を切って、仲間を増やし、志のある企業や団体がどんどん参入する業界にしていきたいと思っています。

とはいっても、使命感や正義感だけで決めたわけではありません。心を揺さぶられ、情熱を掻き立てられる理由があるから、僕は今ここにいます。

社会的インパクトが大きいから

1年間にどれくらいの数の若者が少年院に入ると思いますか?2022年は、1,332人でした。ちなみに20歳以上が入る刑務所の入所者数は、年間1万4,460人。人数は年々減ってはいるものの、何度も犯罪を繰り返す累犯者の多さや、出所後に生活保護を受ける人の多さなど、改善すべき課題はたくさんあります。出所した受刑者の10年以内の再入率は44.7%※にも上ります。つまり、約半数の人が再び罪を犯して刑務所に戻ってしまうんです。そして、少年院・刑務所の運営や生活保護の支給は全て税金でまかなわれているので、誰にとっても関係のない話ではありません。

令和4年版犯罪白書を参照

刑務作業製品の開発でお世話になっている沖縄刑務所

社会的インパクトを考える上で重要なのが、少年院・刑務所に関わるさまざまな数字を行政が毎年調査していることです。事業の成果が数値化されるため、KPI(業績を評価するための数値指標)の管理がしやすい。成果を出すのは難しいですが、上手くいけば、きちんと可視化された情報を世の中に投げかけることができます。この点に、夢とそろばん、両方を持って走り続けられる希望を感じています。たとえば再犯率を1%減らすことができれば、まちは平和になるし、浮いた分の税金を社会を良くする別の取り組みに当てられるのです。

また、ソーシャル・インパクト・ボンドという、自治体と民間事業者が契約し、投資家から資金調達を行って社会課題の解決を目指す仕組みがあります。事業の成果に応じて報酬が支払われるので、自治体にはリスクがない点が画期的で、日本では2017年に初めて導入されました。まだ国内の事例は少ないのですが、この仕組みを活用できないかを考えています。

世界共通の課題だから

犯罪を減らすことは世界中どの国にとっても大きな課題であり、むしろ、日本よりも海外の方が状況は深刻です。これまでもよく「この事業って、世界中から視察が来るようになるんかな?」と考えていたのですが、再犯防止・更生保護の領域でイノベーションを起こすことができれば、間違いなく世界の課題解決に役立ちます。僕たちがつくった教育プログラムが、全世界の少年院・刑務所に導入される。トラウマ治療のメソッドが、世界の生きづらさを感じる人々を救う。そんな未来を目指して、HIGH HOPEの事業を進めています。

トラウマ治療に関しては日本よりもアメリカの方がずいぶん研究が進んでいて、欧米のカウンセリングの利用率は日本の数倍に上ります。しかし、まだ解明されていないことの多い分野だからこそ、メンタルヘルス後進国と呼ばれる日本から革新的なサービスを生み出せる可能性があります

実は最近、日本の刑務所に大きな変革がありました。2025年6月1日に刑法が改正され、これまでの「懲役刑」と「禁錮刑」が廃止となり、「拘禁刑」に一本化されます。この改正により、刑務作業が義務でなくなり、出所後に社会で生きていくための指導・教育にこれまでよりも時間をかけられるようになります。変化が起きにくい少年院・刑務所に新しい風を吹かせられる、またとないチャンスです。僕たちは今、全国に40ヶ所以上ある少年院のうち、複数の少年院と具体的な話を進めています。発表できるようになったものから、HIGH HOPEのwebサイトでも紹介していければと思います。

僕が再犯防止・更生保護に大きな希望を感じる理由を、なんとなくわかっていただけたでしょうか。最後に改めて、HIGH HOPEのブランドメッセージを掲載して、この記事を終わりたいと思います。

株式会社一(ICHI INC.) 代表取締役 中馬 一登

絶望から希望を生む。
つぶされた可能性に光を灯す。

 
私たちが「10代の犯罪を減らす」ことをビジョンに掲げるのは、罪を犯した若者たちの思いに胸を打たれ、彼らに力強い希望を感じたからです。

少年院に入った若者は、多くの可能性を奪われます。幼い頃から希望など感じられない環境で育った子も少なくありません。そして、多くの人は彼・彼女たちの存在を知りません。

罪を犯しても、環境に恵まれなくても、今ここにいる一人の思いから大きな希望を生み出すことができる。そんな社会を目指し、自立支援やセカンドチャンスの拡充に取り組みます。

<次回へ続く>